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  • みんなの評価 5つ星のうち 3.6
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共喰い

17歳の遠馬(とおま)は、怪しげな仕事をしている父とその愛人と暮らしていた。遠馬の母も近くに住んでいる。日常的に父の乱暴な性交場面を目の当たりにして、自分にも父の血が流れていることを感じていた。台風が近づき、町が水にのまれる中、父が遠馬の彼女のもとに忍びより…。川辺の町で起こる、逃げ場のない血と性の濃密な物語。同時収録「第三紀層の魚」

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みんなのレビュー8件

みんなの評価3.6

評価内訳

紙の本共喰い

2012/03/07 08:05

中上健次の凄さをあらためて知る

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 第146回芥川賞受賞作。
 受賞発表時やその祝賀パーティでのユニークな発言に注目が集まった作者であるが、あれらの発言に痛快さを感じる人もいるだろうし、眉をひそめる人もいるだろう。私は後者だ。
 あれらの発言にどんな意味があるのか理解に苦しむ。それが作者の個性なのかもしれないし、それを否定しはしないが、特段それがなかったとして受賞作の価値があがるわけではあるまいに。
 もっともあれのおかげで本の売れ行きは好調のようだし、作者あるいは出版社にしてみればうれしい限りだろう。

 受賞作はそれらと切り離してもしっかり書かれた好篇といえる。
 昭和の時代の地方都市での物語。父の暴力的な性行為をひきずっていることに苦悩する少年。母と父の確執。恋人とのセックス。息のつまるような川辺の町での生の吐息が生々しい。
 今回の選考で委員を辞する黒井千次はその選評で「歴代受賞作と比べても高い位置を占める小説」と絶賛しているが、確かに読者をひきつける力量は相当なものだ。
 しかし、これって中上健次とそっくりじゃない?

 中上健次は自身の血と故郷を描いた『岬』で第74回芥川賞を受賞したが、彼のマグマは出口を求め彷徨い続けていた。それが『岬』で一気に噴出され、多くの読書家を魅了した。
 惜しくも46歳の若さで亡くなったが、彼が生きていたら、日本文学の光景ももう少し違っていただろう。
 田中慎弥の受賞作はその中上の世界にそっくりだ。
 各選考委員の選評でそのことに触れているのが高樹のぶ子一人というのも寂しいが、高樹の選評を引用すると「一読し、中上健次の時代に戻ったかと思わせた」とある。
 もちろん、父と息子の確執は、小川洋子委員のいうように「父を倒し乗り越えてゆく息子の、ありふれた物語」かもしれない。
 それでも、そこが描かれる土地の匂いや母という異性との関係など「ありふれた物語」以上に中上健次との相似を選考委員たちはもっと語ってよかったのではないだろうか。

 中上は芥川賞受賞後も色々な文壇での伝説を残した作家である。それは、書いても書いても途絶えることのない彼自身の熱情の発露であったかもしれない。
 田中慎弥の熱情がああいった発言ではなく、作品として結晶されることを期待している。

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紙の本共喰い

2012/02/16 10:30

澱みに澱んだ川と少年の混沌

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ろこのすけ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 17歳の主人公篠垣遠馬は父と義母の性行為を盗み見る。父親の尋常でない性行為、殴りながらでないと快感を得ないという性行為に反発しながらも、自分も父の性癖を受け継いでいるのではないかという思いのなか、一つ年上の女友達と日々性交を続ける。実母、義母、女友達、アパートの女、父と自分が織りなす性行為の中に少年の混沌が重く積み重なっていく。
 環境描写が実に丁寧。特に川がキーワードになっている。父親は川を「女の割れ目」だという。少年は汚水まみれのどぶ川についてこう吐露する。

 「なんが割れ目か。川なんかどうでもええ。こういうところで生きとるうちは何やっても駄目やけ。どんだけ頑張って生きとっても、最終的にはなんもかんも川に吸い取られる気ィする」

 と父と息子の考え方の違い、少年の混沌と懊悩を川になぞられ、うなぎ釣りにデフォルメしているところが白眉。
 そして結末も川とかかわりながら終わる。
 構成の緻密さ、丁寧な環境描写は光る。少年の欲望まみれの日々と父親と女たちの欲情の暗さは澱みに澱んだ川にも似て、プスプスとガスを伴ったへどろのような熱を感じる作品だった。

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紙の本共喰い

2012/02/07 23:32

共喰い

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:mizuki - この投稿者のレビュー一覧を見る

芥川受賞後のインタビューの報道が度々テレビで流れ、作者に興味を持ったのが購入のきっかけでした。
扇情的なあらすじだという予備知識があったため、思春期の男の子を持つ私には、読むのにちょっと勇気が要りました。
しかし、読み進めていくと、独特の世界観、現代の若者とはかけ離れた別次元の濁ったような暗い世界観に引き付けられました。
文章は、長い修飾語をまとっていることが多く、読みにくいと感じることもありましたが、作者ならではの暗鬱な救いようのないとも思える世界観に知らぬ間に、はまっていってしまいました。
個人的には、同時収録の「第三紀層の魚」の方が、面白かったです。

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紙の本共喰い

2012/02/06 13:23

王道な文学、されど文学

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Keiko - この投稿者のレビュー一覧を見る

先ず読み始めて思ったことは、日頃私の様に色んなジャンルをかじりつつ、中心にライトノベルを好んで読む人には、内容的にちょっと難しいかなと思いました。
言葉の一つ一つの言い回しや使い方は、文学的で素晴らしいとは思うのですが、最初の段階で場面場面の情景などを言葉だけで読取ろうとすると、なかなか出てこなくて「つまらない」と感じてしまう人も居ると思います。

本のタイトルや帯などを見て、書店で購入する人も居るし、あとがきなどを見て決める人も居ると思いますが、この本はタイトルの様にややグロ系かな・・・と。
ただ父親の性癖が頭の中でインプットされてしまった後で続けざまに読むと途中読むのが嫌になる人と、その後の父親や愛人、そして主人公の関係などの心境の変化や情景が上手く読取れたり感じる事さえ出来れば、大変面白みのある本です。
私の場合はその中間点のようで、確かに父親の性癖が頭の中で残ってしまった分読むのが辛くなるかなと思いましたが、後半からは意外と受け入れやすい読み応えのある物でした。

何と言うのか、著者のイメージが、メディアに登場したときの会見でのイメージがとても強かったので、最後までドロドロした嫌な雰囲気でもかもし出した本なのかと思えば、繊細なタッチで描かれた文学小説。
読み終わった後で「あれ?」と意を突かれましたw
愛人が身籠って逃げるその行動の意味など、どちらかと言えば主人公や父親の性などに対する感情ではなく、女性自身の感情が強くこの本で感じ取れます。
正に「強い女」や「したたかな女」と言うものですね。
そして最終的に残る人間の抗う事の出来ない「血」・・・。
もがいてももがいても、同じ血が流れているという葛藤が随所に見受けられます。

が、先にも述べたように著者がこう言った性癖を扱ったところを見ると、著者も・・・?と裏を勘繰ってしまいます^^:
また、一昔前の文学小説など読まない人やドロドロ系が苦手な人には、向かないかな。
読むならば、じっくり時間をかけて読む事をオススメしたいですね。
一気に読もうとすると、ちょっと頭の中でパンクしそうなほど、言葉の使い方が難しいところが多いです。

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紙の本共喰い

2012/03/07 11:10

平成の井原西鶴を思わせる独特の文体

6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:あまでうす - この投稿者のレビュー一覧を見る



この人の作品を初めて読んだが、褒めるとすれば、なんといっても語り口に強烈な陰影があるのがよい、ということになるんだろう。何を書いても奇妙なエグさと野蛮さがそこはかとなくどぶの臭いのように立ち上っているぜ。

次に題名の「共喰い」だが、これはヤクザな父親と17歳のヤクザな主人公が同じ女と「共喰い」するとも、汚染された河口の淡水と海の水とが混淆して共喰いするとも、その濁水を川底に棲息する巨大ウナギとそれを釣る父親が「共喰い」ならぬ共呑みしている状況を指すのであろうよ。

17歳といえば女を見なくとも、花を見ても蝶を見てもペニスがおったつ季節であり、そこから派生する欲情や焦燥や攪乱を、作者はおのが自家生理中のものとして巧みに描き出しているな。

んでもって、その文章はかなり日本語の文法を無視した強引な省略と接合の離れ業で成り立っており、この作家は平成の井原西鶴を思わせる独特の文体で、このたびの芥川賞をかっさらったのである。パチパチ。

あと、セックス中の殴る蹴るとか締めるとか、義手の女が突然何の必然性もないのに、出刃包丁を持っていけない男を追っかける等のあざといプロットは、全部これ江崎グリコの取って付けたるおまけ也。この作者、小沢以上の剛腕の持ち主ではあるが、「共には喰えない」ごんたくれである。


性懲りもなくこいつの禍々しい三白眼を叩き売る本屋のどえらい商魂 蝶人

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紙の本共喰い

2012/07/30 11:59

書籍「共喰い/田中慎弥著」著者の純文学の野心が息苦しい

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:soramove - この投稿者のレビュー一覧を見る

書籍「共喰い/田中慎弥著」★★★☆
田中慎弥著 ,
集英社、2012/1/27


第146回(平成23年度下半期) 芥川賞受賞


「本の内容より芥川賞受賞のスピーチが
話題として先行したちょっと可愛そうな本、
ネット書店のbk1に予約して
1月には読み終えていた作品、
最近、新刊で短編集が出たのでそちらを読んで
この本をもう一度読み返してみた」


最初にこの本を読んだ時
なんというか昭和の香りというか
まさに「文学」です!って調子の文章が
どうにも鼻について
なんか、作家の生真面目な心意気と
静かな野心みたいなものが
物語のそこここに散りばめられ
その圧倒的な熱量でラストまで引っ張り
最後は川の氾濫ときては、
歌の作り方みたいで
出だしは静かに、良い部分は繰り返し
最後はサビで強烈な印象を残すぞ!
そんな作りに感じてしまった。

中学生くらいだったら
なんかとてつもなく大変な「文学」とやらに
触れてしまったよ、と
感じるかもしれないが
もうそんな読んだままを素直に感じらない
大人にとっては
これはちょっと青臭い感じだった。


大人のちょっと前
一人で生活できるわけでも無く、
どんな状況だろうと同じ場所に留まるしかなく
その閉塞感はこちらも
息苦しくさせる、
汚いもの、見てはいけないものと分かってて
何故か目が離せない事。


まだ何ものでもなく
何になれるかも分からない
そんな瞬間を描いているが
その設定はなんとも古臭く
そして納得させてくれない。


最新刊の短編はもっとヒドイことになっている、
だから再読して
何か見つけることが出来るかと思ったが
昭和63年の17歳の少年の心理を
なぞった気はするが
本質までは見せてくれてない、
どこか作り物の香りが立ち過ぎて
入り込めなかった。

ただし読み物としては面白かった。
それでいいのかな。


★100点満点で70点★

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紙の本共喰い

2012/02/25 15:38

芥川賞、このお祭り騒ぎには参加しておきたいという野次馬根性が読んだ歴代の性と暴力の宴に今回はどんな趣向があったのだろうか。

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

芥川賞と直木賞の違いってのはなんなんだ?
と飲み友達からきかれた。
純文学と通俗小説の違いだと思うんだが………
とあいまいに答えたら
おまえもいい加減な奴だな、純文学と通俗小説に境目はないだろう。
と、もっともな反論がかえってきた。
そこで
芥川賞は文芸雑誌に発表された作品で、まだ単行本になっていない、つまり売れていない作家がもらうもの、直木賞はベストセラー作家がもらうものだと言い直したら、それで納得してくれた。

所詮この世界のお祭り騒ぎのショウであって、特に今回は、みるからに内向的風情の著者がキレタかと思える受賞決定時のインタビュー発言があった。過激に名指しされた石原慎太郎もこれに反応した(いや、させられたのだろうが)ものだから、輪をかけてマスコミが喜んだ。中身がえげつないとの下馬評もあり『共喰い』はたいへんな話題になっている。ここまで沸騰した国民的お祭りショウには乗り遅れずに野次馬としてでも参加はしておきたい。

『共喰い』を読んで、「またこれか」と嘆息し、やはり芥川賞は純文学なんだと思うわけです。それは純文学にはセックスと暴力がつきものだからです。それと読者がいたたまれなくなるような閉塞感、倦怠感がなければ文学にはなりません。年寄りの常識人が嘔吐感を覚えるような薄汚い行為が欠かせません。
………と、錯覚するぐらいアブノーマルなセックスと過剰な暴力で人間を描こうとする作品が連続した時期がありました。当時、こういう選考委員の姿勢に腹立たしさを覚えたものです。
2003年上期 吉田萬壱 『ハリガネムシ』
2003年下期 金原ひとみ『蛇にピアス』
2004年下期 阿部和重 『グランド・フィナーレ』
2005年上期 中村文則 『土の中の子供』
忘れてならないのが、1955年下期 石原慎太郎『太陽の季節』だ。
そして今回、2011年下期 田中慎弥『共喰い』

おなじ性と暴力を扱いながら『太陽の季節』には明らかに「反社会」「反倫理」の人間群像があった。そこには若さがあった。若いエネルギーは既成の社会的枠組みを破壊するベクトルとなり、それを実践していった。それから半世紀たった時、性と暴力のエネルギーはどこへ向けられたか。若者だけではなくオジサンまでも加わった芥川賞の主人公たちは完成された秩序を前にして、なすすべなくすくみ上がっていた。壊そうなぞとは思いもよらず、行き場のないエネルギーは屈折して内に向かって暴発していったのだ。「非社会的人間」「非倫理的人間」とすねて見せたのかもしれない。
そしてこの延長線で言えば『共喰い』の主人公、17歳の少年・遠馬の場合、「社会」とか「倫理」いうものの存在を知覚することすらないまでに「変異」した存在のようだ。

生活用品の残骸が散在し下水がそのまま流れ込む川の付近に住んでいる。臭気が濃厚でまとわりつく様な粘りが時の流れを止めているのだろうか、川の淀みが潮の干満で揺れるようにただ単調な繰り返しの中で生きている。
「川を改めて川だと思うことも、橋を橋だと思うことのないのと同じ、いつもの感覚だ。ただいつもの感じだな、と思ったのは今日が初めてのような気がする」
ということは、彼は昨日まではこの陰鬱な風景を「観る」という立場にはなく風景そのものに溶け込んで風景の一部としての存在にすぎないのだ。彼はほとんど存在しない個性なのだ。
彼の眼前で性行為をし、女をあざができるまで殴り、首を絞めあげる父がいる。父と別れて近所で魚屋を切り盛りする母がいる。父と同棲している女、父が時々付き合っている娼婦、そして彼自身のガールフレンドがいる。彼の存在性は希薄なのだが、この五人と向き合うときにだけ彼は存在する。そしてセックスをしたい、したい、これだけが彼の実存する意思である。ガールフレンドとのセックスでは、父の血を引く自分がいつ暴力を振るうことになるかと恐れている。父の同棲相手に欲望を感じている。
では暴力を振るいたいときには………。相手がいないときは………。
ストーリーの大半はこれですからうんざりさせられます。


時間軸が歪んでいて昼なのに夕闇の中で遊んでいるような子供たちを見る。「あの時に、本当に子どもがいたのだろうか」と、五人との関わり以外の実在はぼんやりとしたものであって、逆に妄想が実体化する。白い風船の鷺。いつも同じ場所にいる日差しの下の大きな蝸牛(かたつむり)、いつも鎖につながれ吠えている赤い犬、店のほうがその体を通過するような膨れた虎猫、白壁に何日も張り付いて動かないセミ。そして庭の泥の中から頭をもたげる大人の腕ほどに太い鰻。古典的だがフロイドのいうリピドーのなせる淫夢の世界に彼は生息している。

ただひとり実体を伴う存在は母である。母は空襲で右腕の手首から先を失った。火傷のケロイドが残る腕の先に義手をつけ、魚を捌く場面は痛々しいというよりも、むしろグロテスクなのだが、過去があり、今があり、生活がある。したたかな女性の力強い生命がこの暗い世界で輝いていた。

私はこの物語の主人公はこの母でしかないと思うのだ。

そして爆発する母の暴力。なにが彼女をそうさせたか。その本質はなんだったのか。著者は明確には示していない。
が、たとえば支配されて続けてき女の抑圧者に向けた憤怒の激発とか、自己解放への踏ん切りとか、残された者の救済とか。おそらく、慎太郎が書く前の時代にあったありふれた動機、芥川賞にはふさわしくない古典的本質だったと私には思われる。
素直に言えば、母親にスポットライトをあてれば、一般の読者が共感を寄せる作品になっていたものと思う。
だがそれでは今の芥川賞は受賞できないのだ。

母親の暴力を豪雨の中に見た遠馬。「鳥居をよける」母の復活。そこには洪水で一変した川のように、生きることを慈しむ母親像があった。
遠馬のなかでなにかが変わろうとしているかの予感。

少なくとも遠馬は初めて「社会」というもの、「秩序」というもの、「倫理」と呼ばれるもの「家族という共同体で不可欠ななにか」が存在していることに気がついたに違いない。

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電子書籍共喰い

2012/06/07 13:54

共食い

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:bookちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

芥川受賞作にひきつられましたが期待はずれでした。

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